


この写真は当家の防犯カメラの映像、カメラ本体、操作画面、を撮ったもの。
引っ越しをするなりいきなり「物が無くなったり」「近所に捨てられていたり」 「まあ、最初から脅かしてやろう」とか「悪意の主張など」が少なくなかった。
そこで、通販で購入して自ら取り付けをした。防犯カメラと言えばカメラ型の大きなものをイメージするだろうが・・これも立派な📷である。
こんな風になっている。
・人型に反応。車や犬や猫などには反応をしない。
・外の音や相手の声は聞こえるし、此方が相手に話をしたり尋ねたりすることも可能。
・強弱調整可能なアラームを鳴らす。
・普段はカメラとして24時間作動をしている。
・対象物の動きに反応をして回転したり上下左右に360度カメラ位置を変えていく、追跡機能を装備。
・写真として保存や動画として保存も可能。
こんなものが2~3台もあれば完璧な「家の周囲」や「近所が承知であれば、前面道路の端から端までを監視する事・・つまりは町内のこのエリアを守る事」も出来ることになる。
かならず必要なものとしては「Wi-Fi」「100V電源コードタップ」に「取付板や付属されているネジ」に「これらを指定する位置に取り付けるのに簡単で済ますのであれば、自転車用の長く伸びるゴム紐など短いゴム紐に結束バンド=30センチもあれば十分では」それらはダイソーなど百円ショップで手に入る。
門には施錠が肝心、これも百円ショップで手に入るワイヤー式の鍵付きロック。
さて、時間がないので極めて簡略に、且つ正確に記事内容をお伝えしていこう。
私は静岡市の寺の敷地内に建てられた家で育った。従い建物は父名義だったが、敷地についての権利関係は「民法の使用貸借」の条項が適用される。
「賃貸借契約」に比べれば全く対抗できない程の弱い権利が伴う。この契約は例えば親族間で仲が良いから「無償で土地を使用していいよ」というようなケースに締結される。
ただ、大抵・・長い間には代も変わったりし、それに伴い「やはり、土地を返してくれ」という事になる事も少なくない。実際、母が施設に入所中に浄土宗の寺の方丈=寺の坊主=宗教法人代表者が代わっていたから「立ち退きをしろ」という意思表示があった。
静岡市でもこの辺りの土地は高い、というのも静岡駅から真っすぐに徒歩で二十分ほど、三越のある繁華街迄徒歩十分ほど、なのだから、欲の深い方丈としては「墓を増やしてとか、駐車場にしよう」等を考えだす。
私は法に詳しいから、相手が弁護士に依頼し静岡簡裁で調停事件となった時にも、弁護士相手に要求はし放題。勿論、使用貸借は真っ先に解除しなければならず、その後の決めを調停調書に記す事で十分。
認知症という病で施設に入所している者に即出て行け、という主張はお断りをせざるを得ない。使用貸借であれば「即、自費で建物を取り壊し、出て行く事」となるが、権利が強い賃貸借では賃料の延滞その他の契約違反行為が無ければ、簡単に追い出すことはできないし、どうしてもであれば、同程度の条件を賃貸人が見つけてこなければならないなどの面倒も生じる。
弁護士でも優秀な者は3割程度残り7割は駄目な者、弁護士で無いとなめてかかるような事は良く行われる、例えば「こんな法律を知っているか?」「そのような事につき決められた法律はない」というような具合に威嚇をしてくる。
私のような法廷経験だけで無しに、広域暴力団相手の仕事も少なくなく双方が対峙したり争う事はよくあったが、負けた事はない。仮処分など地裁に部屋がある執行官と共同で行う強行作戦もあるが。
時間の関係上、本日のテーマはそんな事ではない。
靖国がどうとか?
自民団体が靖国に詣でた。
これに多少は関係をするのかも知れない。
実は私は墓で育ったようなもの。で、墓が遊び場で一人で夜中に墓場に至り、昼間は近所の子供と墓場で遊んだりもした。中には以前は大きな墓だったものが、おそらくは親族等死に絶えかなり広い墓場の敷地が荒れ放題、墓も割れたり転がったりしている場所もあった。
短くしよう。
墓の骨に価値はなく、故人をしのぶには無縁のものとも言える。
私などは墓や骨との縁が強すぎたから、逆に墓や骨は単なる物である事としか判断をしない。それで、両親の骨は容易に海洋散骨として生まれた海に戻してあげたという事になる。
プランクトンも人類も宇宙空間から見ればそれほどの違いは無くなる。寧ろ、毎日朝から晩まで何かあるごとに会話をする相手がある。それは父と母の写真であり仏前の写真のような大きなものではなく、私がほぼ一日中座っているテーブルの上に置かれている。
不思議な事に、その写真は会話の際に気が付くが表情が微妙に変わる事もあるし、そうでない事も。これは、味方によれば私自身の心理面の鏡である事もあるが・・そうでなく二人の反応が窺えることがあるのは間違いはない。
時間の都合上、骨と墓はそうだが、では、霊というモノが存在するのかは・・あまりに単純に結果を言わざるを得ない。
霊の類とは「その故人を思うものの胸の中=心~に住んでいるという言い方も遠からず」、つまりは、故人を思うからこそ繋がりはある事になる。
ところが、靖国の様な神社には骨も無ければ個々の墓も無く、霊など皆無である。そういう事になれば、靖国詣でをしようが何も意味がない事に気が付くはず。
若し、本当に、靖国ではなく、戦争に係わり亡くなった方々の個人としてに想いを馳せるのであらば、何も神社や寺に詣でる必要もなく、何時でも自身と同じく、自身の胸の中にいるという事である。
まあ、一般的には集団の墓標であるとか記念碑の様なものは見て拝んでも良いのかも知れず、そこがどうだったのかのあくまでも地理的な記録物であるが。
本日は、靖国だろうが墓や寺に骨神社総じて、人類の「死の記念物」とは言えても、そこに如何なる魂も存在しているわけではない。
ただ、諸外国でも「日本国が加害者で被害に遭った」という考え方をするのであればそれは致し方なく「申し訳ない」とするしか、他に方法はない。これは人類同士の「加害者」と「被害者意識」を総称する事であり、日本国だってUSA等に同じ事が可能な事になる。
秘密交渉でUSAルーズベルトがUSSRスターリンに「・・何とか参戦を・・」これには案外諸君が気が付かない部分が盛り込まれている。USAは自国国民に対する被害妄想のパーセンテージが大きい傾向にある。
そして、スターリンはその願いに対し最初はこう答えている。
「・・何の因果関係もない日本国に危害を加えることを・・USSR国民は納得してくれるだろうか・・」
この部分はNHKの「映像の世紀」にも遠慮がちにしか綴られず、USA極秘資料にも欠損をしているが、その時の史実に違(たが)いない。奇しくも敗戦記念日である8月15日に重なったのも、一つは原爆の投下状況を見たかったのと、まあ、ルーズに約束したのだから・・やるか、但し領土は頂くことは条件なのだから仕方はないし、USAが公然と認めたのだからそれをどうのこうの考える必要はない。
「・・つまりはナチスのような、独ソ不可侵条約を破って迄モスクワまで迫ったのと同様と見るに不足なく、ましてやUSAのたっての願いというのであらば、断る訳にも行かず・・」
ただ、当然ながら自由主義の甘えに浸っていたUSAを訪問した際にスターリンはこう語っている。
「・・全く騒々しく・・猥褻な国だ・・」
これはスターリンを歓迎したつもりで行ったカンカン踊り=スカートを挙げたりリズムに合わせ足を挙げては激しく踊るdance~を見た彼の正直な感想だった。実に今でもロシアに行けば、勿論jazzも流れているが、この国はclassicが好きな国という事が分かる。
私の世界各国の楽曲の中でも、他国はテンポの良いとか、激しく、楽しく、踊りまくり、掛け声も調子よく・・ではなく・・私の所持している楽曲が例えば二十曲だとすれば、その中でわずかに一曲を除いては全てクラッシク、アダージョその他で、一曲は電子音楽で、私の作曲と演奏でのタイトルは「Russian Electric Doubt」と名付けたが、聴けば皆驚くような、ゆっくり深い心臓の鼓動迄挿入されているような、やはり電子音楽でもクラッシク並みの重厚感があるフィルイン、僅か数秒から十数秒程度だが、この部分以外は自作となる。
脱線をした。
ついでに脱線を。
USAは日本国民を無差別殺害した。ところが、当時の日本国民のやったことは「撃墜されたとか、故障を起こし機は落下したが、搭乗員は落下傘=パラシュート~で地上まで辿り着いた・・驚くべきは・・日本国民はその搭乗員を助けている。
この考え方は難しく、やはり、当時の、今のような単純で欲深くで極まりなく「国はどうでも良いから、とにかく楽をしたい=休日を増やしてくれた・勤務時間間際にはもう早めの帰り支度・電話の長電話には、何を言いたいのかわかりません、営業時間は終わりですから・・」カスハラ・パワハラ・セクハラ・こう言ったことが法制化されるのであれば・・国の経済はどんどん落ちていくに間違いがないから・・現在そうなってしまい、今後はどん底の上自然災害が加わり、滅びる。
人口減少・不登校児童60マン人・休みで働かない・勤務時間はきちんと守る・これをやっていて国が上向く訳はない。
やるのであれば、例えば、「交代制=シフト制」~を取り入れる、とか、「連休を増やしたら高齢者が病で病院に行きたくても長期にわたり苦しまなければ」ならなくなった・・私もつい先日の夏の連休でえらい目に遭った。
「医は仁術」とも言われてきたが・・そうでは無かったようである。
36協定・・此の残業に関するところは労働者に損をさせずに残業をやって貰う。つまり、残業手当で富を得られるという事。これ実は昭和の時代に独身男性で夜中の十二時までバッチ処理をやり、月額給料50~60マンという主任社員もいた事は事実である・・休んで時間も短くし給与は多い・・のはあり得ない。消費税は歴史上無かったのだから・・それが無くしたら財源がないという事は・・今まで何をやっていたのか自民や与党は自白をしたも同然、でも、まだ政権者?全く常識外れの国会議員だけで無し・・投票をする国民が悪い事にもなる・・あの、景気が良かった・・昭和の時代・郵貯十年定期・一千万が何もしなくとも十年後二千万・・他の公社債其の他利息が高かった・・今は、円安で海外に行っても両替に負担をかける事に繋がっている。
現代社会は電化製品などは不自由でなくなった。電気と電波に関しての成長はある。ただ、高額の車には余計なものまでつきすぎている・・私などはアイドリングストップなどで迷惑をしている。ドアなど手動で十分どころか運動になり体に良い・・(笑)。
そして、確かに能力としてほぼ男女は平等であってしかるべし・・だが、男性の方が優っている面が歴史上は殆どであり・・皇室は・・だから無関係である・・あの仕事には男女の区別は不要・・威厳ばかりでなく好かれる・チャーミング・女性の気配り・・なども。
これについては参考となり映画が存在をする。「娘=原節子~・妻=高峰秀子~・母=三益愛子~」というものだが、筋書きはいかにも昭和らしいものを感じるが・・Lastのsceneで終わる直前「・・母役の高峰秀子だったか?公園を通る段で・・他人である笠智衆が赤子を背負い愚痴を吐く【・・もう、嫁には何もできない舅だと怒られるし・・それで、此の子をおもりしてアルバイトしているんでね・・】すると、赤子が大声で泣きだす・・やはり、男性では赤子もなつきにくいし・・要領を得ないから・・で、ラスト・・三益が見かねてその子を抱きとりあやす・・やはりこの方が似合っているという事・・。」
料理は女性・・は家庭での事・・料理人は男性だが・・だが、女性の社会進出で毎日はつくれないのであれば・・私のように毎日スーパーの惣菜で十分・・しかし、休日などに手作りの料理をするとか・・好ましいね。私の母の手料理は二度と味わえないが・・餃子=生姜は入れず、ニンニクニラたっぷり当然匂うのは関係ない・・肉は上肉を肉屋で挽いて貰った。天ぷらにはサラダ油・・浅草に真っ黒な油の有名な天ぷら屋がある・・あれはあれ・・実は、サラダ油を使用すると、例えば、紫蘇の葉とか海苔をてんぷらに・・キノコなども・・素材の味が映えるのがサラダ油の隠し手である。その他にも母の料理は素晴らしかった・・が、正月におせちなどは買わなく・・一度買ってみたら・・拙いのなんのって・・御餅の雑煮や焼き餅の海苔は美味しい。
脱線は仕方がない。
時間の都合上・・もう一つを現代諸君の参考とし、コピーして貼り付ける。コトバンクというところのものをお借りした。
現代に欠けている事・・よく読んで御覧なさい・・読めれば・・だが・・(笑)。
おしまい
空蝉とは?空蝉の意味
蝉の抜け殻、虚ろな状態、現世に生きる人、この世・世間、源氏物語の登場人物、能楽の演目、俳句の季語昆虫、昆虫学
空蝉の説明
「空蝉」は「うつせみ」と読み、もともとは蝉が脱皮した後の抜け殻を指す言葉です。しかし仏教の影響を受けて、この世の儚さや虚しさを表現する比喩として発展しました。飛鳥時代には「現し人(うつしおみ)」と呼ばれ、現世に生きる人間の儚さを表していましたが、時代とともに「うつそみ」→「うつせみ」と変化し、「空蝉」「虚蝉」の漢字が当てられるようになりました。文学作品では『源氏物語』で光源氏が恋愛の対象に贈った歌にも登場し、能楽や万葉集、現代の歌謡曲まで、多様な文脈で用いられています。
蝉の抜け殻からこれほど深い哲学が生まれるとは、日本語の豊かさに改めて感動しますね。
空蝉の由来・語源
「空蝉」の語源は飛鳥時代にまで遡ります。仏教伝来とともに「現し人(うつしおみ)」という表現が生まれ、この世に生きる人間の儚さを表す言葉として使われるようになりました。これが時代とともに「うつそみ」→「うつせみ」と音変化し、漢字では「空蝉」や「虚蝉」が当てられるようになったのです。蝉の抜け殻という具体的なイメージと、仏教的な無常観が見事に融合した言葉で、日本語ならではの豊かな表現と言えるでしょう。
一つの言葉にこれほど深い歴史と文化が詰まっているなんて、日本語の奥深さに改めて感動しますね。社会科学
空蝉の豆知識
空蝉は俳句では晩夏の季語として使われ、夏の終わりを感じさせる風情ある言葉です。また、能楽の演目としても『空蝉』が存在し、源氏物語をモチーフにした優雅な舞台が上演されています。現代では中村雅俊やさだまさしなど、著名なアーティストが楽曲のタイトルに採用しており、古典から現代まで幅広いジャンルで愛され続ける言葉です。蝉の抜け殻は漢方薬としても使われることがあり、意外な実用性も持っています。
空蝉のエピソード・逸話
作家の故・瀬戸内寂聴さんは源氏物語の現代語訳で知られていますが、特に「空蝉」の帖について「最も切なく美しい恋物語」と評していました。また、歌手のさだまさしさんは1979年のアルバム『夢供養』に収録された「空蝉」について、都会に出た息子を待ち続ける老夫婦の姿を歌ったと語り、現代における「空蝉」の儚さを表現しました。能楽師の観世清和氏は、数百年ぶりに「空蝉」の演目を復活上演し、古典の美を現代に蘇らせたことで話題となりました。
空蝉の言葉の成り立ち
言語学的に見ると、「空蝉」は和語と漢字の組み合わせによる「宛字」の典型例です。もともと存在した大和言葉「うつせみ」に、意味的に近い漢字「空」と「蝉」を当てたことで、視覚的・概念的な深みが加わりました。この言葉は、仏教用語の「空」の概念と、自然界の現象である「蝉」を結びつけることで、抽象的な思想と具体的なイメージを同時に喚起するという、日本語特有の言語表現の豊かさを示しています。また、一つの言葉が多義的に発展し、名詞としてだけでなく、比喩表現や文学的表現としても機能する点が特徴的です。社会科学
空蝉の例文
大切な人と別れた後、毎日が空蝉のように感じられ、何をしても虚しさがつきまとう
大きなプロジェクトが終わった翌朝、達成感よりも空蝉のような脱力感に襲われることがある
子供が独立した後、家の中が急に静かになり、空蝉のようにぽっかりと時間が空いてしまった
長年勤めた会社を退職し、朝の通勤ラッシュを見ると、自分だけが空蝉のように取り残された気がする
夢中だった趣味に突然興味を失い、以前集めていたコレクションが空蝉のように感じられるようになった
「空蝉」の使い分けと注意点
「空蝉」は文脈によって意味が大きく変わる多義語です。使用する際には、どの意味で使っているのかを明確にすることが重要です。特に、比喩的な使い方をする場合は、相手に誤解されないように配慮が必要です。
文学的な文脈では「儚さ」や「虚しさ」を表現するのに適しています
日常会話では、相手の心情を慮りながら使うことが望ましいです
ビジネスシーンでは、あまり使用されない言葉ですので注意が必要です
若い世代には通じない可能性があるため、説明を添えると親切です
関連用語と類義語
「空蝉」と関連する言葉には、同じく仏教的な無常観を表す言葉や、蝉にまつわる表現が数多く存在します。これらの言葉を知ることで、「空蝉」の理解がより深まります。 書籍、文学
用語 読み方 意味
泡沫 うたかた 水の泡のように儚いもののたとえ
露 つゆ 朝露のように短い命のたとえ
蝉時雨 せみしぐれ 蝉の鳴き声が雨のように聞こえる様
蝉脱 せんだつ 蝉が殻を脱ぐように、俗世を超越すること
歴史的背景と文化的意義
「空蝉」は単なる言葉ではなく、日本の美意識や死生観を反映した文化的な概念です。その背景には、仏教の無常観と自然に対する日本人の独特の感性が息づいています。
空蝉の 羽におく露の 木がくれて しのびしのびに ぬるる袖かな
— 源氏物語「空蝉」
この歌からもわかるように、平安時代から「空蝉」は優雅で切ない情感を表現する言葉として愛されてきました。季節の移ろいや人生の儚さを感じさせる、日本文化の粋を集めた言葉と言えるでしょう。
よくある質問(FAQ)
「空蝉」の読み方は「くうぜみ」ですか?それとも「うつせみ」ですか?
正しい読み方は「うつせみ」です。「くうぜみ」と読まれることもありますが、これは誤読で、正式な読み方は「うつせみ」となります。語源が「現し人(うつしおみ)」から変化したものであることからも、「うつせみ」が正しい読み方です。歴史
「空蝉」は日常会話で使うことはありますか?
現代の日常会話で頻繁に使われる言葉ではありませんが、文学的な表現や比喩として使われることがあります。特に、喪失感や虚無感を表現したい時、あるいは詩的な雰囲気を出したい時に用いられます。若い世代よりも、文学に親しんでいる世代の方が使う傾向があります。
「空蝉」と「蝉の抜け殻」の違いは何ですか?
「蝉の抜け殻」は文字通り蝉が脱皮した後の殻を指す具体的な物体を表しますが、「空蝉」はそれに加えて、比喩的に「魂が抜けたような状態」「虚ろな心境」「現世の儚さ」といった抽象的な意味も含みます。つまり、「空蝉」は物理的な対象と精神的な状態の両方を表現できる多義的な言葉です。
なぜ源氏物語で「空蝉」という帖名が使われたのですか?
源氏物語の「空蝉」帖では、光源氏が空蝉という女性に想いを寄せるも、彼女が身分の違いを理由に拒み、着物だけを残して去ってしまうエピソードが描かれます。この「形だけ残して中身がない」という状況が、蝉が抜け殻だけを残して去っていく様子に喩えられ、「空蝉」という帖名が付けられました。
「空蝉」を使った文学作品は他にありますか?
はい、万葉集や能楽、近代文学など様々な作品で使われています。特に万葉集では、天智天皇(当時は中大兄皇子)が詠んだ歌に「虚蝉」として登場し、現世を表す言葉として用いられています。また、現代ではさだまさしさんや中村雅俊さんなどの歌謡曲のタイトルにも使われ、古典から現代まで幅広いジャンルで親しまれています。書籍、文学
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